2010年05月25日

「不公平で、差別に近い」人々を動かしたのは理屈ではなく心情だった・・・ 天風録 八葉蓮華

 「あの流儀でやれば徴兵制度の復活であろうが、戦争さえもが強行決議されるのだ」。50年前、作家の野上弥生子が雑誌に書いている。そんな思いの広がりが「60年安保闘争」の底流にあったのだろう

 あの流儀とは、岸信介首相による新日米安保条約の強行採決を指す。5月19日の深夜、衆院での質疑を打ち切り、警官隊を院内に導入。議長室前に座り込む野党議員らをごぼう抜きし、半世紀前のきょう午前0時すぎに可決した

 これを境に「安保反対」に火が付く。国会周辺は連日デモ隊で埋まった。警官隊との衝突で女子学生がシ亡し、米大統領の初来日も流れた。国中を覆った騒然たる空気。小学校の教室でも「アンポハンタイ」の声が上がったのをうっすら覚えている

 敗戦から15年。もう戦争はいやだ、アメリカにすり寄るな―。人々を動かしたのは理屈ではなく心情だった。「占領された側の鬱屈(うっくつ)した全国民的なナショナリズムがあそこで爆発した」。中曽根康弘元首相の見立てである

 60年安保では顧みられず、基地を一方的に押し付けられてきた沖縄。「最低でも県外」という移設の約束で、心情のふたが開いたようだ。復帰38年にして「不公平で、差別に近い」という知事の発言は重い。あふれ出そうな県民の思いに、どうこたえる。

 天風録 中国新聞 2010年5月20日
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2010年05月23日

「歌の力で実現した革命」実現するまではそれが不可能にみえる・・・ 天風録 八葉蓮華

 ベートーベンの「第9」が南アフリカ国歌の代わりに流されたことがある。18年前のバルセロナ五輪の時だ。アパルトヘイト(人種隔離)政策で選挙権もなかった黒人の選手、役員が当時の国歌を拒んだ

 その国で来月、サッカーのW杯大会が幕を開ける。肌の色での差別は薄らぎつつあるという。「和解の呼び声が鳴る/われらは団結して立つだろう」。そんなふうに誓う、新しい国歌が満員のスタジアムにこだまする日はもうすぐだ

 歌詞には、黒人解放の運動で歌い継がれてきた賛美歌や元の国歌を織り交ぜている。心の隔たりを埋めるシンボルといえようか。27年間もの捕らわれの身から大統領に選ばれるまで、辛抱を重ねたネルソン・マンデラ氏(91)ならではの知恵である

 反アパルトヘイトの闘いは「歌の力で実現した革命」とも評される。口ずさむことで団結し、勇気を奮い立たせ、人々は銃や戦車に立ち向かった。歌は剣よりも強し―。氏はそれを肌身で知る一人に違いない

 ただ、W杯の準備は鼻歌交じりで、とはいかないようだ。「犯罪大国」の汚名返上なるか、施設整備は間に合うか…。外国から不安の輪唱が聞こえてくるが、答えは「大丈夫」。マンデラ氏の言葉には「実現するまではそれが不可能にみえる」というのもある。

 天風録 中国新聞 2010年5月19日
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2010年05月22日

「トライアスロン」興味の赴くままにインターネットの世界をさまよう若者たち・・・ 天風録 八葉蓮華

 水泳、自転車、ランニングを一人でこなすトライアスロン。人間の限界に挑む選手は「鉄人」と呼ばれる。頂点を極めるのは、それぞれの種目では目立たない人も多いそうだ。三つの競技を合わせて、初めて見えてくる輝きがあるのだろう

 最初から三拍子そろっている人はまずいない。総合力を身に付けるには、不得手な種目を練習でカバーしなくてはならない。得意分野に比べ、伸びしろが大きいのも魅力の一つのようだ。昨年から国体の公開競技になり、第二のブーム到来という

 あやかって「知のトライアスロン」だそうだ。広島市立大が始めた「3競技」は、本に映画に美術ときた。教職員のコメント付きのお薦めリストを用意して、初心者、上級向けなどきめ細かなコース分けも。単位を絡めるなど、あの手この手で学生をチャレンジに誘う

 興味の赴くままにインターネットの世界をさまよう若者たち。特定の分野にはめっぽう詳しいのに、「そんなことさえ知らないの」とあきれるほど常識の穴も目立つ。大学側からの「脱オタク」の勧めとも読み取れそうだ

 そういえば、一芸入試も前ほど話題にならなくなった。知の総合力を高めるには、食わず嫌いをなくすこと。本家のレースでは「努力は裏切らない」が格言になっている。

 天風録 中国新聞 2010年5月18日
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2010年05月21日

太陽からの風「イカロス」太陽光で宇宙ヨットを動かす・・・ 天風録 八葉蓮華

 太陽の光を巨大な帆で受けた宇宙ヨット。綱を切ると音もなく加速し、地球の軌道を離れていく―。アーサー・C・クラークのSF短編「太陽からの風」(1963年)は、燃料なしで宇宙を航行する夢の物語である

 主人公が苦労したのが、資金提供者に太陽帆走の原理を説明すること。太陽光の圧力は弱すぎて、地球上では感じられない。だが空気抵抗も重力もない宇宙空間では、休みなく力を受けて加速する。「諸君びっくりするだろうが、1日で時速3千キロにもなるんだ」

 ほぼ半世紀を経て、空想は現実になろうとしている。あす朝、種子島宇宙センターから金星探査機と一緒に発射される太陽帆実証機「イカロス」。宇宙空間で14メートル四方の極薄の帆を広げ、0・2グラムの光の圧力を受けて進む手はずだ

 古くからの着想をかなえるのは耐久性のある帆。携帯電話の基板に似た樹脂のフィルムを使う。製塩から生まれた化学メーカーのマナック(福山市)製の原料も採用された。天日に頼る塩づくりから発展した技術が、今度は太陽光で宇宙ヨットを動かす

 きなくささも漂う現実の宇宙開発。その点、日本が先頭を走る宇宙ヨットの分野は遊び心も感じる。ちなみにクラークがつづったのは、月を目指すヨットレースのお話だった。

 天風録 中国新聞 2010年5月17日
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2010年05月20日

参院選への立候補を断念「参院のドン」政治の舞台がまた一つ回った・・・ 天風録 八葉蓮華

 「いま、静かにその歩みを止める時が来たと決意しました」。病床から引退表明する竹下登元首相の声がテープで流れる自民党本部。秘書、側近として元首相に仕えてきた青木幹雄氏は目を潤ませた。官房長官の任にあった2000年5月のことだ

 ちょうど10年後。今度は青木氏が夏の参院選への立候補を断念したとのニュースが飛び込んできた。脳梗塞(こうそく)と診断された入院先で「選挙をやっていく自信がない」と意向を伝えたという。くしくも元首相と同じように、体調不良が引き金になった

 ともに早大雄弁会の出身。県議を経て国会議員、党幹部そして大臣に上り詰める軌跡はそっくり重なり合う。「参院のドン」と呼ばれるほど、隠然たる政治力を見せつけた青木氏。野党との太いパイプや根回しの才は「師」に勝るとも劣るまい

 すご腕ぶりを物語るのが歴代首相とのエピソードだ。脳梗塞で倒れた小渕恵三氏から森喜朗氏への密室の交代劇を仕掛けたり、水と油だったはずの小泉純一郎氏と手を組んだり…。「逆臣」と陰口をたたかれたこともあった

 元首相の出雲弁「だわな」は有名だった。青木氏は「だわね」。土の香りのするお国言葉が永田町で聞けなくなるのは寂しい気もする。政治の舞台がまた一つ回ったということだろうか。

 天風録 中国新聞 2010年5月16日
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2010年05月19日

「ちょるる」全国の選手や関係者をもてなす「おいでませ」の心ばえで・・・ 天風録 八葉蓮華

 せんとくん(奈良)にトリピー(鳥取)、ブンカッキー(広島)…。今やどこのイベントにも欠かせないのが、ご当地の「ゆるキャラ」だろう。山口県でも最近、ニューフェースの活躍が目立つ

 来年10月に開かれる山口国体をPRする「ちょるる」だ。お年寄りがよく使う方言の「〜しちょる」にちなんで名付けられた。先っちょが三つに分かれた髪にハート形の顔。どこか懐かしい着ぐるみが、たいまつを手に走り回っている

 せっかく雰囲気を盛り上げようという矢先に、方言ならぬ「放言」が水を差した。公の場で「やしをしてでも1位を取る」と、つい口を滑らせた県のナンバー2。「やし」には「ずる」や「ごまかし」の意味がある。1963年に開催した前回の山口国体で2位に甘んじたことが、よほどくやしかったと見える

 祭りなどで言葉巧みに物を売りつけることを指す「やし」。聴衆を沸かすリップサービスのつもりだったとしても、済まされるかどうか。抗議を受けておわびを口にしたが、発言自体は撤回しなかった

 地元に恥じない成績を、との気持ちも分からないでもない。ただ「1番になるためには何をしても…」と受け取られるようでは困る。全国の選手や関係者をもてなす「おいでませ」の心ばえで、1位を目指したい。

 天風録 中国新聞 2010年5月15日
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2010年05月18日

全国から集まった「1000人のチェロ・コンサート」聞く方も弾く方も癒やされる・・・ 天風録 八葉蓮華

 宮沢賢治の宝物はチェロだった。古里の岩手県花巻市で童話や詩を書いていたころ、お世辞にも上手といえない音色を日夜鳴らしたという。そんな体験を基にしたのが「セロ弾きのゴーシュ」

 賢治を思わせる主人公は、楽団で怒られてばかりの演奏家だ。毎晩やってくる動物にせがまれてチェロを弾く。「ごうごうひびく」音。いつしか動物たちの病気を治し、自分も腕を上げていく。賢治はチェロの持つ不思議な力を感じ取っていたに違いない

 「人間のような楽器」と例えられる。低く落ち着いた調べは男性の声域に似ているそうだ。語りかけるような深みのある音に、聞く方も弾く方も癒やされる。華やかにメロディーを奏でるバイオリンとは対照的でもある

 アカデミー賞を受賞した映画「おくりびと」でも、元チェリストの納棺師が美しく穏やかな旋律を聞かせる。シと向き合う意味や人生にとって大切なものは何か、考えさせられた人も多かろう。命を響き合わす楽器なのかもしれない

 そんな魅力を存分に味わえる「1000人のチェロ・コンサート」が16日に広島で開かれる。阪神大震災の慰霊と復興のため12年前に始まり、初めて被爆地が舞台になる。全国から集まったゴーシュたちは、どんな音色を響かせてくれるだろうか。

 天風録 中国新聞 2010年5月14日
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2010年05月17日

スタンドを沸かせたあの采配は、もう見られない「守って勝つ」広商野球の申し子・・・ 天風録 八葉蓮華

 無シ二、三塁のピンチで迎えた4番打者。「カーン」。火の出るようなライナーが投手の脇を抜ける。「やられた」。誰もがそう思った瞬間、飛びついた二塁手のグラブに打球は収まった

 広島商が甲子園の頂をつかんだ1973年夏の決勝戦だ。超が付くファインプレーの主、川本幸生さんがおととい亡くなった。高校時代の88試合で失策はわずか1個。打球の飛んでくるコースを読む眼力は並大抵ではなかった

 二塁手は内野の要といわれる。捕手の配球サインや打者の肩の開き具合まで計算のうち。それをひのき舞台でも淡々とこなした。「長所は冷静なこと、短所は冷静すぎること」。そんな自分評も、いかにもこの人らしい

 「守って勝つ」広商野球の申し子だった。28歳の若さで監督を任される。3年目の88年夏には見事、全国制覇を果たした。ところが翌年夏の県予選で敗れると、あっさり身を引いてしまう

 予選負けした日、3年生部員の一人が苦労を掛けた両親に正座で「ありがとうございました」と頭を下げたという。その話を聞き「悔いなくピリオドを打てた」と後に書いている。緻密(ちみつ)さの陰には、思いやりと感謝の気持ちを忘れてはならないとの思いもあったのだろう。スタンドを沸かせたあの采配(さいはい)は、もう見られない。

 天風録 中国新聞 2010年5月13日
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2010年05月16日

音もなく迫る車体「存在音」街になじむ日がいつかは来る・・・ 天風録 八葉蓮華

 たどたどしかったウグイスの鳴き方が様になってきた。ピールリとよく通る声は、南国から渡ってきたオオルリだ。恋の季節を迎えた新緑の林間。心地よい鳥たちのさえずりは求愛の営みである

 人間にとっても音は一種のサインだろう。それで何かのスイッチが入ることもある。雷鳴がとどろけば身が縮む思いがし、野外なら隠れ場所を探してしまう。授乳期の母親は、赤ちゃんの泣き声がすれば寝床でも反射的に目が覚めるという

 車のエンジン音の場合はどうだろう。うなる回転音に胸躍らせるドライバーもいれば、騒音にしか聞こえない人もいよう。それともう一つ、クラクションなしで車の接近を教える合図でもある

 その「存在音」がにわかに注目されている。低速時はモーターで動くハイブリッド車が増え、電気自動車も普及が進む。音もなく迫る車体に驚いた人もいるだろう。とりわけ、目の不自由な人は耳だけが頼り。恐怖の体験に違いない

 ならばと、低速で走る時の人工音を自動車メーカー3社が開発した。ホワンホワンとかキーンとかの電子音である。聞き取りやすさを追い求めたそうだが、まだたどたどしい響きだ。横断歩道の青信号を知らせるカッコーやヒヨドリのように、街になじむ日がいつかは来るのだろうか。

 天風録 中国新聞 2010年5月12日
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2010年05月15日

候補者選び「百万、千万の味方を得たような気持ち」経験より人気・・・ 天風録 八葉蓮華

 サッカーワールドカップ(W杯)の代表選びには、悲喜こもごものドラマがある。岡田武史監督が発表した南アフリカ大会のメンバーもその伝だった。けがで半年以上戦列を離れている川口能活選手(34)が、まさかの代表入りを果たした

 3大会連続出場したベテラン。ゴールキーパーとしての実力は下り坂とされるが、幾多の修羅場をくぐってきた精神力も買われたのだろう。あおりで涙をのんだサンフレッチェ広島の西川周作選手(23)。初出場が有力視されていただけに残念というほかない

 こちらの選考では経験より人気を重視するらしい。今夏の参院選に向け本格化してきた各党の候補者選びだ。与野党が競うように芸能人やスポーツ選手の擁立を進めている。きのうは知名度抜群の柔道女子の五輪金メダリストが立候補を表明した

 「百万、千万の味方を得たような気持ち」。同席した民主党の小沢一郎幹事長もこの日ばかりは満面の笑みを浮かべた。新鮮さをアピールしたいのだろうが、公約破りの目くらましではとの声も聞こえてきそうだ

 非情にならざるを得ないW杯選考。岡田監督は「私心でなく純粋にチームが勝つために決めたことなら、いつかは伝わるはず」という。指揮官の眼力が試されるのはピッチだけではあるまい。

 天風録 中国新聞 2010年5月11日
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2010年05月14日

「胸中に成竹あり」先を読み、念入りに準備して物事に臨む・・・ 天風録 八葉蓮華

 先はとても軟らかい。繊維質いっぱいの根元のシャリシャリ感もこたえられない。木の芽あえ、若竹煮…。タケノコは行く春の味覚だろう。いつもより寒かったせいか、今も店先に並ぶ

 掘り出すとなると意外に難しい。先がちょっとのぞいたぐらいが旬という。地中に埋まる部分を傷つけないよう、慎重にクワを打ち込む。力任せでは、せっかくの季節の贈り物を傷つけてしまいかねない

 旬を逃せば、あっという間に大きくなる。若竹の育つ速さは目を見張るほどだ。中国に「胸中に成竹あり」との故事成語がある。北宋の時代、墨竹画を得意とした画家の文同は、節や葉の成長ぶりを日ごろからよく観察していた。筆を執る前に成竹の姿を思い浮かべ、一気に描き上げたという

 これが転じ、先を読み、念入りに準備して物事に臨むとの意味である。さて普天間基地の問題で、鳩山由紀夫首相は「成竹」を胸中に描いていたのだろうか。腹案といっても、まだ節も葉の位置も見定められないような姿ではないか

 政府はきょうにも、移設の原案を確認する。今月末の期限を前に、動き始めた首相。そのたびに、沖縄でも徳之島でも、住民の心中に埋もれていた不信感や怒りの数々がにょきにょきと大きくなる。解決の旬はいつになったら訪れるのか。

 天風録 中国新聞 2010年5月10日
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2010年05月13日

母の日「いっぱいごめん いっぱいありがと」母の字に託したありのままの思い・・・ 天風録 八葉蓮華

「母という字を書いてごらんなさい」。サトウハチローさんの詩集に、こんな一編がある。「やさしいように見えて むずかしい字です/恰好(かっこう)のとれない字です」。なるほど簡単そうでも、なかなか落ち着かない

 同じ人の手で書いても、これほど形が違ってくるものか。広島県安芸太田町に住む陶芸家岡上多寿子さん(60)の自筆の詩画集「いっぱいごめん いっぱいありがと」(木耳社)。ページをめくりながら気付かされた

 認知症の母文枝さんを自宅で介護した10年間の日々。絵日記風につづる。ごみ箱からおむつを引っ張り出した「母」。輪郭は角張ってとげとげしい。症状が進んできても「あんたぁ食べたか」と気遣ってくれた「母」は柔らかだ

 本当につらかったのは下の世話や徘徊(はいかい)ではない。そんな母を認められず、しかりつけたり手まで上げたりした悔いや情けなさ…。母の字に託したありのままの思いが、介護のただ中にある人をはじめ幅広く共感を呼ぶのだろう。初版から4年、6刷りを重ねている

 ハチローさんの詩はこう続く。「やせすぎたり 太りすぎたり ゆがんだり/泣きくずれたり…笑ってしまったり」。不格好にも見える形は、母を思う子の心情にほかなるまい。きょうは母の日。どんな字が書けるだろうか。

 天風録 中国新聞 2010年5月9日
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2010年05月12日

相互に相互を研究し啓発する、単に採決に便宜のためなら、二大政党の看板が泣く・・・ 天風録 八葉蓮華

 夏目漱石が英ロンドンに留学したのは19世紀最後の年。文学書を読みふける合間に、本場の議会政治の仕組みにも好奇心を抱いたようだ。すでに花開いていた二大政党制である

 日本は政党があっても藩閥が牛耳る時代。市民の選挙で政権が代わる流儀には驚いたに違いない。帰国後、「相互に相互を研究し啓発する」と、ライバル同士が競い合う効用を論じた。一方で、二大政党も「単に採決に便宜なる」制度にすぎないと見抜いていた

 それから1世紀。英総選挙は労働党が大敗し、第1党の座を奪い返した保守党も過半数に届かなかった。どちらも勝者といえない36年ぶりの「中ぶらりん議会」だ。政策が似通い、新味のないところに割って入った第三極の自民党。先行きはなかなか見えない

 揺らぐ本家本元。片や日本はやっと二大政党の時代になり、選挙で政権が代わったばかり。英国をお手本にしようとしている民主党の面々も、胸中穏やかではあるまい。政権の足元がぐらつく中で近づく参院選。こちらも第三極の足音が迫る

 二大政党制は「偶然のような必然のような歴史を有している」と100年前の漱石は書いた。参院選の結果いかんでは合従連衡も取りざたされそうだ。単に採決に便宜のためなら、二大政党の看板が泣く。

 天風録 中国新聞 2010年5月8日
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2010年05月11日

笑顔咲き 出逢い花咲く「福山ばら祭」街に潤いを、と市民が栽培を広めて半世紀・・・ 天風録 八葉蓮華

 きのうの通勤電車には、心なしか日焼けした顔が目についた。お出かけ日和に恵まれた今年の大型連休。後半は夏日も続き、つい先日まで雨と寒さに震えていたのがうそのようだ

 コートを着たり脱いだりしたと思えば、半袖を引っ張り出す。めまぐるしい寒暖の差に体がついていかない。そう感じるのは人間だけでないようだ。先月「ばらのまち」の福山市では、つぼみが小さく、花芽も付かない枝に案じる声が上がった。「バラが風邪をひいたのでは」

 人間なら温かくしてゆっくり休めばよかろうが、そうもいかない。今月15、16日には福山ばら祭がある。小さな花芽を摘み、残るつぼみに栄養を回す「外科治療」が主会場のばら公園で施された。その後は温室のようなポカポカ陽気になり、少しは元気を取り戻したようだ

 去年までは春先から暖かい日が続き、早く咲き過ぎて気をもませた。それだけに4月の天候不順に虚を突かれた格好だ。市民が世話する花壇のコンクールはきょうから。審査員は咲きそろった様子を想像しながら点をつけるという

 街に潤いを、と市民が栽培を広めて半世紀。今年の祭のテーマは「笑顔咲き 出逢(あ)い花咲く」。ハラハラさせ、手間を掛けさせるから余計に美しく見える。それもバラの魅力なのかもしれない。

 天風録 中国新聞 2010年5月7日
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2010年05月10日

ハイテクが進み、仕組みがよく分からない暮らしの中に・・・ 天風録 八葉蓮華

 コイルに磁石を出したり入れたりすると、人形の耳や足が動く。夢中になって操作しているのは、お父さんお母さんたちだ。今月でオープン30周年を迎えた広島市のこども文化科学館。「主役」のお株を奪うかのような大人の姿が目立つ

 そういえば最近は大人向けの科学雑誌が静かなブームを呼んでいる。「鉱石ラジオ」に「風力発電キット」「ミニエレキギター」…。懐かしい道具から最新科学を取り入れたものまで、付録の組み立てキットがお目当てと聞く。読者は30〜40歳代が中心だ

 小学生のころ、プラモデル作りなどに熱を上げた世代でもあろう。説明図を見ながら、初心者でも作り上げていくことができる楽しさ。同時に、日ごろは考えもしない原理や仕組みに気付かせてくれるのも人気の秘密らしい

 子どもだけでなく、大人も科学や理科離れが進んでいるといわれる日本人。だがノーベル物理学賞を受賞した益川敏英さんは「不思議なことがあると、どうしてだろうかと謎を解く作業が科学。人はそういうことを本質的に好む」と語っている

 ハイテクが進み、仕組みがよく分からない「ブラックボックス」が暮らしの中にあふれている。手軽にできる実験や組み立て付録の人気も、知りたい「本性」がウズウズするせいだろうか。

 天風録 中国新聞 2010年5月5日
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2010年05月09日

「こんな広島が好きじゃのー」シニア世代の出番がますます増えそう・・・ 天風録 八葉蓮華

 ワイシャツに黒のちょうネクタイとスラックス。ダンディーに決めた男性5人が軽やかなメロディーに合わせ、思い思いのステップを踏む。車いすに乗った1人は手を動かして。初夏を思わす日差しを浴びながら歌い、踊った

 「古希」をひっくり返し、名付けてコーラスグループKIKO(キコ)。みんな70の坂をとうに越えている。きのう始まったフラワーフェスティバル(FF)に初めて出場した。出会いはシルバー人材センターが募った合唱団。住まいも職場も違うが、いずれ劣らぬ無類の歌好きだ

 おはこは「こんな広島が好きじゃのー」。昔に口ずさんだことがある歌をリメークしたという。「のんびりガタコト、チンチン電車」「川面に揺れる高層アパート」…。何げない景色をうたった歌詞に、古里への思いがにじむようだ

 被爆者という、もう一つの縁もある。公民館のイベントに出たり、病院の患者を訪問したりしている。「苦労したけど、元気でやっている姿を見てもらおうや」。同じ世代に送るエールでもあろう

 きのうのステージでは、おなじみの童謡「森のくまさん」など10曲あまりを熱演した。世代を超えて、親子連れやお年寄りが手拍子を取る姿はほほ笑ましい。シニア世代の出番がますます増えそうだ。

 天風録 中国新聞 2010年5月4日
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2010年05月08日

65年の時間を超え、失われた街の記憶と今を生きる人たちをつなぎたい・・・ 天風録 八葉蓮華

 「原爆が落ちた近くが公園だったから良かったですね」。米国人記者の言葉に、映像プロデューサーの田辺雅章さん(72)はえっと耳を疑った。「広島一の繁華街だったんですよ」。3年前、ニューヨークであったやりとりという

 地元では信じがたいが、平和記念公園は昔から公園だったと思う人が結構いるようだ。産業奨励館(原爆ドーム)のそばで生まれ、疎開で難を逃れた田辺さん。消えた町並みの復元をライフワークにしてきた。誤りは正さなければ、と公園のもとの姿を3年かけて映像にした

 カフェーや写真館が連なる目抜き通り。子どもたちの遊び場。ざわめきやせみ時雨。かいわいに住んでいた57人から聞き取った街のたたずまいを、CG技術を使って細部に至るまでよみがえらせた。きょうNPT再検討会議が始まる国連本部で一部を上映する

 65年の時間を超え、かつて暮らしていた家の座敷に立って住民が語りかけるシーンも登場する。失われた街の記憶と今を生きる人たちをつなぎたい。田辺さんの思いはひとしお強いのだろう

 新緑がまぶしい公園を歩くと、心も和む。しかし、そこには4千人を超す人たちの暮らしがあった。決して忘れてはならないことに気付かせてくれる。この作品をくだんの記者にも見せてやりたい。

 天風録 中国新聞 2010年5月3日
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2010年05月07日

メガ市場の内覧会「上海万博」消費文化を一気に塗り替える・・・ 天風録 八葉蓮華

 ヨーグルトが国民食に仲間入りするきっかけは40年前の大阪万博である。ブルガリア館で振る舞われ、ブームに火がついた。みんながカジュアルウエアを着こなすようになったのも、会場でのファッションショーなどの影響という

 大阪万博の生みの親となった作家の堺屋太一さんは「消費文化を一気に塗り替えるのが万博」という。わが家でも万博見物から帰ったころ、日曜の朝、食卓にトーストやハムサラダが並ぶようになったのを思い出す

 「より良い生活」をうたう上海万博が幕を開けた。来場者の見込みは大阪をしのぐ7千万人。そのほとんどは国内からとみられている。国家の威信をかけた世紀の祭典も、素顔は内需掘り起こしの内覧会なのかもしれない

 中間層や富裕層をくすぐるエコカー商戦や東西グルメの競演は熱っぽい。なにしろ「爆食」経済と呼ばれる13億人のメガ市場である。フランスはサルコジ大統領、韓国は李(イ)明(ミョン)博(バク)大統領と各国の首脳級が会場に乗り込んでいる

 わが首相は…といえば、中国から出席を再三求められた開会式に代役を送り、熊本県へ。水俣病の慰霊式に首相として初めて参列し、国の責任を認めて謝罪した。「環境重視なくして成長なし」とのメッセージをこめたとしたら、なかなかの選択だ。

 天風録 中国新聞 2010年5月2日
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2010年05月06日

第二の「故郷」さりげなく金光の地名をしのばせた作品も少なくない・・・ 天風録 八葉蓮華

春の叙勲を受けた脚本家の倉本聡さん(75)には、忘れられないにおいがある。鉄鍋で煮えたぎったみそ汁と、父親が採ってきたツクシやゼンマイを放り込んだ時に漂った芳香だ。東京で暮らしていたころとは見違えるような、父親のたくましい姿も重なる

 10歳の時、縁を頼って疎開した岡山県の金光町(現在の浅口市)。朽ちかけた家に親子5人が身を寄せ合った。都会育ちの幼い兄妹が父親と田舎の廃屋に移り、成長していく…。代表作の「北の国から」は疎開先での体験が基になったという

 北海道の大自然の中で役者や脚本家を育ててきた「富良野塾」の出発点も金光にあったようだ。海から少し入った、なだらかな丘にはさまれた谷あい。気候こそ違うが、30年余り前に居を移した富良野の地に通じているのかもしれない

 さりげなく金光の地名をしのばせた作品も少なくない。地元の公民館で昨年末から、倉本さんが書いた原稿や本を展示している。「金光のことは忘れたことがありません」と伝えた手紙もある。第二の「故郷」になっている

 飢えと闘った疎開の日々にすすった汁の味、火のはぜる音、目に染みる山菜の緑。生きている幸せを感じたに違いない。五感を研ぎ澄ます倉本さんの信念は、そこから生まれたのだろう。

 天風録 中国新聞 2010年5月1日
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2010年05月05日

ほかの場所へ、努力を続ければ、いつかは成し遂げられる・・・ 天風録 八葉蓮華

 昔、中国にという老人がいた。家の前に山が二つあり、出入りにも不便をかこつ始末。そこで山を移そうと思い立つ。「長年こうして暮らしてきたのだから」と反対する妻を説き伏せ、家族総出で山を崩し始めた

 だが「箕(み)」と「もっこ」の作業は遅々として進まない。近所の人が笑うと、愚公は答えた。「わしがシんでも子孫が尽きることはない。必ず平らにできる」。愚かな者でも努力を続ければ、いつかは成し遂げられる。「列子」にあるたとえ話だ

 愚か、変わり者の意味もある「ルーピー」と米紙に皮肉られた鳩山由紀夫首相。国会で「私は愚かな首相かもしれない」と答弁したことも話題を呼んだ。普天間飛行場の移設をめぐり自ら5月末の期限を設けておきながら、場当たりの対応を繰り返すばかり。そんなゴタゴタをやゆしたのは間違いあるまい

 その首相がやっと動きだした。おととい徳之島出身の元衆院議員と会い、地元町長との会談の仲介を頼んだ。4日には沖縄を訪問する考えと伝えられる。身から出たさびと言えばそれまでだが、何とか事態を打開したいとの思いだろう

 物語では、愚公のたゆまぬ努力に感心した天帝が、ほかの場所へ山を移してやった。そのひそみに首相が倣うにしては、誠意も時間もなさすぎないか。

 天風録 中国新聞 2010年4月30日
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