一度だけ楽屋に入らせてもらったことがある。12年前のことだ。広島市南区生まれの中村芝寿弥(しずや)こと垰本(たおもと)敏光さんを訪ねた。入り口には名前が入ったのれん。「大部屋時代との違いです」。落語でいえば真打ちに当たる「名題(なだい)」に昇進したばかり。女形らしい柔らかな笑顔だった
テレビで目にした歌舞伎の中継に魅せられ、国立劇場での研修を経て20年。この間、通行人などを演じながら、台本にアクセントの印をつけて慣れない江戸言葉のせりふを覚えたと聞いた。苦労は人一倍だったろう。しかし4年後、44歳の若さで急逝した
今の歌舞伎座の名残の公演には、名跡を継ぐ名優や若手スターが勢ぞろいし、連日の大入りだ。その陰で、舞台を引き立てる脇役や裏方たち。大きな志を胸に秘め、伝統の世界に飛び込んできた人も少なくないだろう
高層ビルとの複合施設となる5代目のこけら落としは3年先だ。江戸の面影をとどめる正面の外観は残されるという。垰本さんの志もきっと、新しいひのき舞台に引き継がれるに違いない。
天風録 中国新聞 2010年4月24日
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