茶の間を笑いの渦に巻き込んだ金語楼さん。片や、機転が利いてさっそうとしたターキーさん。対照的な両キャプテンの姿を、懐かしく思い出す人も多いに違いない
ターキーさんの活躍はテレビにとどまらなかった。男装で一世を風(ふう)靡(び)した少女歌劇時代。待遇改善を求め争議のリーダーも務めた。戦後は映画プロデューサーに転じ、浅丘ルリ子や石原裕次郎を育てた。引退後も宝石アートに没頭…。昭和という時代を先頭に立って駆け抜けてきた
「生きている間に、にぎやかに集まってほしい」と東京のホテルで盛大な生前葬を開いたのが16年前。ターキーさんらしいちゃめっ気もあったようだ。「本当に思い残すことはなかった」と日記につづっている
その時に葬儀委員長を務めた森繁久弥さんを追うように、帰らぬ人になった。自叙伝には「ひまわりのように、その時その時を精いっぱい生きてきた」とも。94年の生涯そのものが、女性の生き方の可能性を示す「ジェスチャー」だったようにも見える。
天風録 中国新聞 2009年11月22日
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