後に世界的な服飾デザイナーとなった三宅一生さんだ。そり返った「東」の橋柱の先端には、生命を表す太陽。「西」の欄干は、魂を運ぶ舟の手すりがかたどられていた。東洋と西洋の境を越えたノグチのデザインは、少年の行く道を決定づける
三宅さんがオバマ米大統領に、8・6の広島訪問を呼びかける手紙を送ったという。米紙に載った文面の結びに、あの橋が出てくる。「歩いて渡るとき、それは象徴的な一歩となる。核の脅威なき世界平和に向かう一歩に」
これまで三宅さんは、閃光(せんこう)を見た自身の体験については口ごもりがちだった。「被爆デザイナー」といったレッテルを嫌ったからという。古希を過ぎた身に沈黙を破らせたのは、核兵器のない世界をめざすという大統領のプラハ演説だった
手紙はこうも書く。「被爆者の一人として発言すべき道義的責任」を深く感じたと。落とした側の「責任」発言が、胸の底にあった思いを呼び覚ましたのだろう。対話や和解という橋は両側から架けた方がいい。
天風録 中国新聞 2009年7月17日
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